東京地方裁判所 昭和32年(ワ)10066号 判決 1959年10月07日
協和銀行
事実
原告富久栄興業株式会社は訴外有限会社荒井電気商会に対し債務弁済契約公正証書による元金二百十万円、弁済期日昭和三十二年二月三日の貸金債権を有していたが、原告は右公正証書に基いて、右訴外会社が被告株式会社協和銀行に対して有する預け金六十万円(訴外会社が東京三協電気株式会社に対して振り出した約束手形二通が不渡になつたことにつき、右訴外会社がいわゆる替り金として被告銀行に預けたもの)の債権の差押及び転付命令を得、右命令は昭和三十二年三月七日被告銀行に送達された。ところで被告は昭和三十二年三月十一日手形交換所から右六十万円の保証金の返還を受けたので、原告は、被告に対し、右の預け金六十万円及びこれに対する支払済までの遅延損害金の支払を求めると主張した。
被告株式会社協和銀行は抗弁として、被告は訴外荒井電気商会に対し昭和三十一年十二月六日金二百万円を期限昭和三十二年三月より同年六月まで四回にわたり毎月五日限り五十万円宛割賦弁済、右訴外会社が右契約条項に違反し又は懈怠したときは当然期限の利益を失い、直ちに右債務全額を支払うことの約定で貸し付けたが、右訴外会社は右割賦弁済の第一回分五十万円をその期日である昭和三十二年三月五日までに支払わなかつたので、右訴外会社は右の約定により期限の利益を失い、直ちに右債務全額を支払うべきこととなつた。すなわち、右債務の弁済期は原告主張の債権差押転付命令の送達前に既に到来していたのである。そこで被告は、原告に対し、昭和三十二年三月十一日附同月十二日到達の書面により、右貸金債権を自働債権として、本件被転付債権を対当額において相殺する旨の意思表示をした。従つて本件被転付債権は右の相殺により消滅したものであるから、原告の本訴請求は失当であると主張して争つた。
理由
原告主張の債権差押転付命令が昭和三十二年三月七日被告に送達されたこと、及び訴外荒井電気商会が被告に対し原告主張のとおりの預け金六十万円の返還請求権(被転付債権)を有し、その弁済期が同年三月十一日に到来したことは当事者間に争いがない。
そこで被告主張の相殺の抗弁について判断するのに、被告が昭和三十二年三月十二日到達の書面により、原告に対し、右訴外会社に対する二百万円の貸金債権を自働債権として相殺の意思表示をしたことは当事者間に争いがなく、原告は右自働債権の存在を争うが、その存在は証拠により明らかである。
そこで次に、右の貸金債権の弁済期が前記債権差押転付命令送達の当時到来していたかどうかについて考えるのに、証拠を綜合すると、右貸金契約においては、弁済方法として昭和三十二年三月から六月まで毎月五日限り五十万円宛支払うこと、及び右の割賦金の支払を一回でも怠つたときは、訴外会社は期限の利益を失い残額を一時に支払うことが約定されていたのに、訴外会社は、第一回目の割賦金の支払日(昭和三十二年三月五日)に使用人中楯徳に命じて額面金三十一万五千二百七十五円の小切手(他店券)を持参させて被告に提供しただけで、割賦金全額(五十万円)の履行の提供をしなかつたことが認められる。原告は、この際期限の猶予を得たと主張し、又別途の定期預金五十万円を残額に充当する特約があつたと主張しているが、そのような主張を認めるに足る証拠はない。
そうすると、本件も本件貸金の弁済について小切手による支払が許されていたかどうか、又、被告がこれを預り、別口の貸金に充当したことが正当かどうかについては多少の問題はあるとしても、兎も角、訴外会社が同年三月五日に提供したものが、五十万円の割賦金の全額に遙かに満たない三十一万五千二百七十五円の小切手に過ぎなかつたことが明らかである以上、右会社は債務不履行の責を負い、前記約定により期限の利益を失つたものと認めるのが相当でなる。なお、右期限の利益の喪失は、訴外会社の債務不履行により当然生ずるもので、被告から別段の意思表示を必要としないものであることは証拠により明らかである。
次に原告は、本件預け金債権は通常の貸借関係より生じたものでないから、特別の性質を有すると主張するが、本件預け金債権だけを相殺について特別扱いにすべき法律上の根拠はない。まして証拠によると、右預け金は他から持つて来たものではなく、被告銀行に対する訴外会社の当座預金の中から振り替えられたものであることが認められる以上、原告主張のような理論の成立する余地は全くない。
従つて、被告のなした相殺の意思表示は有効であつて、本件被転付債権はこれにより消滅したものであるから、原告の本訴請求は全部失当であるとしてこれを棄却した。